おくやまの鹿

つれづれなるまゝに 日暮らし 硯にむかひて 心にうつりゆくよしなし事を そこはかとなく書きつくれば あやしうこそものぐるほしけれ

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「男性専用車両を設置して欲しい」という要望が高まっているらしい。
それ自体は「女性専用車両」の施行と同時に施行されて然るべきだと思うのだが、
何故未だにそれが施行はおろか発案されなかったか。
それは、現代の日本における「女性優位化」の流れにあると、自分は考える。

戦前の「男尊女卑」から来る差を埋める、その手段として現状(=男性優位)の状態に
「女性に権利を与える」方法を利用した、その結果である、と。

+++

上に挙げた「女性専用車両」で考えてみる。

仮に男女の利用者が5:5であるとして考えてみる。
10両編成に百人が乗り込む(1両あたり10人)とすると、男女比は50:50、
利用できるスペースは5:5となる。
これが所謂「男女平等」の状態である。

しかし、そのうちの1両を「女性専用車両」とする場合、先ず1両は女性分として確保される。
残りの9両を5:5の比率で分けると、乗車可能な男女比は45:55、
利用可能なスペースは4.5:5.5、両者の間に実に1両分の差が生まれる。

ゲーム理論から考えても女性が必ずや優先して専用車両に乗るとは限らないので、
実際には更なる差が存在していても不思議は無い。
しかし、これが現状唱えられている「男女平等」の実情なのである。

+++

「男女平等」の名の下に「新たに女性に与えられる権利」は、
「既に男性に与えられている権利」であるべきだ、と考える。
女性に無く、男性に有る権利を補完するならばまだしも、
その逆の道を行くなど、それが「女性優位化」以外の何であるというのか。

「痴漢に脅かされないため」の女性車両があるならば、
「痴漢冤罪に脅かされないため」の男性車両があるべきだと思うのだ。

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今日のBGM:ショパン「雨だれの前奏曲」

母がシェアして貰ったCDに入っていたようで。
十分に堪能させて貰えました。
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